レッドクリフ

レッドクリフ

三国史上最大の決戦と言われている赤壁の戦いは、魏が大敗した割には有力な武将が死んでないので、実はそんなに大敗ってわけでもなかったという説もある。


この戦いは、船戦に不慣れな魏軍が、船を鎖で繋いで船酔いを防止したところ(連環の計)、蜀呉連合が火計を使ったために繋がった船はみんな燃えてしまいましたということになっている。


戦があった時期は、魏の陣地から蜀呉の陣地に向けて、かならず追い風になる季節だったので、曹操は火刑をくらっても自陣には燃え広がらないと踏んで連環の計をおこなったとされている。


とは言っても、機動力が命の船戦で、なんぼ魏が水上戦に不慣れとはいっても、機動力を殺してしまう連環の計をやるのかどうかというと、凡将ならともかく、孫子の兵法書に注釈を加えるぐらい兵法通である曹操がそんなアホなことをするのは不自然。


一説によると、魏軍は南方の不慣れな風土により、戦う前から既に風土病が万延していて戦える状態ではなく、曹操は自ら火を放って死体と汚染された船を焼き払って撤退したという指摘もある。


日本では吉川英治の三国志の影響上、蜀の劉備が圧倒的に正しいことになっているが、当時もっとも勢力が強かった魏を率いていた曹操の方が優秀な将だったのだろうとは思う。